2025年度CLI卒業式が行われました!🎓
「主の贖いが人を新たに形造るプロセス」
重田 稔仁学院長
「私たちが真実でなくても、キリストは常に真実である。ご自分を否むことができないからである。」(テモテへの手紙 第二 2章13節)
私たちは人生の決断を振り返り、その決断は御心ではなかったのではないかと苛まれることがあります。もし本当に御心ではなかったのであれば、なぜ主は私の行動を止めなかったのかとさえ考えることがあります。 しかしキリストの愛に眼が開かれる時、主は決して冷ややかに沈黙して見過ごされていたのではなく、私の選択を尊重されていたのではないかという理解に導かれます。主は強制的に進路を閉ざすのではなく、自由の中で選ばせ、その選択の中で私を形造る道を選ばれたのではないかと気づかされます。 主の贖いは、罪の赦しにとどまりません。それは人生の選択の中にまで入り込み、たとえ未熟で動機の混在した決断であっても、それを用いて人を整えていく力です。主の贖いは、出来事をなかったことにするのではなく、出来事の意味を変えます。そして人の物語を書き換えます。その時後悔は感謝へ、痛みは証しへと変わり、主の沈黙は導きだったと知ります。そこに主の主権と恵みがあります。

























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